第五話 いそぎんちゃく

12.乳首


(目を見んでねぇ!)

 老漁師の言葉を思い出したトラジマは、固くまぶたを閉じた。 それは、『触手女』の抱擁の感触を

一層際立たせる結果になった。

 (げ!マジぃキモチワリィ!!)

 『触手女』の体は、ウナギの様にヌラヌラしてつかみ所がない。 引き剥がそうと胴体や触手状の腕を

掴んでも、手が滑ってしまう。 一方、乳首の形の吸盤はトラジマの体にピタリと吸い付いて離れない。

 (しつこい女だ!く……なんか力が……)

 トラジマは異変を感じた。 体から力が抜け、思う様に動けない。

 (さっきのチューかよ! ヤバェもの飲ませやがったな)

 『触手女』はトラジマの内心の罵倒など知らぬ様子で、口付けを彼の口から胸に移して彼の乳首を舌で

転がし、同時に胴体や腕を波の様にうねらせ、トラジマの体を弄んでいる。 

 「このヌルヌル女が! ゾクの兄貴に頼んで風呂屋にでも売り飛ばしてやる……い? まじぃ!」

 トラジマは致命的な失敗をした。 『触手女』の感触が、『風呂屋の泡姫』のサービスの酷似している事に

気がついてしまったのだ。 スイッチが切り替わるように、『触手女』の感触が『気持ち悪い化け物の感触』から

『淫靡な魔物の愛撫』に置き換えられた。


 「やめれ……へ、変なところ……よ、よせよ」

 『触手女』の抱擁と愛撫は、トラジマの下半身に集中してきた。 女の唇が丹念にトラジマの男自身を愛撫し

元気をつけようとしている。 一方触手は腰の周りをずるずると取り巻き、先端近くは遠慮なく尻の割れ目を撫で

陰嚢を軽いタッチで刺激している。

 「……」

 トラジマは唇をかみ締め、『触手女』の愛撫を脳裏から追い出そうとする。 しかし『触手女』の愛撫の感触が脳に

張り付いて離れない。

 ネロリ……

 『触手女』が、トラジマ自身を咥えこんだらしい。 得体の知れない滑りが、丹念に男根の形をなぞっている。

 「ひっ!」

 トラジマは、自身の男根が『触手女』の舌に呼応し、興奮していくのを感じた。 滑る感触が先端かららせん状に

斜面を下り、カリの裏側に巻きついている。 その感触の鮮明さが尋常でなく、これに比べたら人間の女の口の

サービスは、ゴム越しに行われているようなものだ。

 「や……あ……あ……」

 口をパクパクさせる、トラジマは喘ぐ。 重々しい快楽の疼きが、『触手女』に刷り込まれていくようだ。 腰から下が

『触手女』に奪われてしまった様な気がする。

 「ひぃ……」

 背筋を上ってくる快感の高ぶりに、思考することも適わなくなってきた。 トラジマは体を逸らせ、無意味に地面を叩く。

次の瞬間、体が冷たいとも熱いともつかない感覚に包まれた。

 ヒク……ドックリ……

 一拍遅れて、腰から下で何かが放たれた感覚、そして暗黒。 トラジマは魔性の快楽の余韻に沈んでいった。


 ”……あれ”

 気がつけば一人。 身を起こして手探りするが『触手女』がいない。

 ”逃げた? そうだ、もう腹いっぱいだったのかも”

 自分に都合のよい様に考え、トラジマは目を開けた。 しかし、そこはまだ『巨大いそぎんちゃく』の手の上だった。 

『触手女』は巨大な乳首の上に戻り、乳輪に生えていた触手は見えなくなっている。

 ”スーツを剥いて、味見しただけで満足したのか? まぁいい、今のうちに逃げよう”

 トラジマは体を捻り、腹ばいのまま『巨大いそぎんちゃく』の指先から下を覗く。 と、背後から『声』が聞こえた。

 『おいで……』

 ゾクリ……

 背筋が総毛だった。 なぜかトラジマには、それが『いそぎんちゃく』の声だと判った。 なんという甘い囁き、最愛の

恋人が裸でベッドの中から誘っているようだ。 壊れたブリキ人形の様な動きで、トラジマは首だけで振り向く。

 『ウフフ……おいで、今度は私を愛して……』

 『触手女』が手招き、いや『触手招き』し、自分の真下の巨大な乳首を示す。 褐色の丸い肉が、フルフルと柔らかく震え

トラジマにはそれが自分を誘っている様に見えた。

 ”い、いやだ……”

 搾り出すように答えたが、体か言うことを聞かない。 トラジマはのろのろとした動きで起き上がると、泥人形のような

足取りで『乳首』に一歩、また一歩と歩み寄っていく。

 ”よせ、いくな!!”

 自分の意に反しい動く体に、トラジマはあせる。 そんなトラジマを『触手女』は乳首の上で腹ばいになり、頬杖を

ついて眺めていた。


 トラジマの眼前に『乳首』の壁が迫る。 そして、トラジマは柔らかい肉に倒れこんだ。

 『あぁぁん』

 甘い声で『触手女』が、そして『巨大いそぎんちゃく』が鳴いた。

 ”あ……”

 トラジマの背筋に歓喜の衝撃が走る。 『いそぎんちゃく』の虜になったトラジマにとって、彼女の喘ぎは無上の喜びだった。 

 ”こ、ここがいいのか……よくしてやる……もっとよくしてやるぞ”

 『巨大いそぎんちゃく』のサイズから言えば、トラジマは乳首の先に止まったハエほどしかない。 トラジマは全身を叩き

つけるようにして乳首にうずまり、褐色の肉を甘噛みし、柔らかい肉を絞り上げる。

 『あん、そこ……そこ……』

 『触手女』は喘ぎ声を漏らしながら、触手腕を伸ばしてトラジマの背中を優しくなでる。

 ”ああ……”

 『触手女』の愛撫がたまらなく心地よく感じられる。

 『ウフフ……もうじき全部、私のもの……ああん』

 大仏のような『巨大いそぎんちゃく』の手の上で繰り広げられる、奇怪な肉と魔物と人の交わり。 それは背徳の儀式の

様にも見えた。

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